「魚の釣り方を教えてください」- モザイクの子育て 

 アフリカのシスターがこんなことを言われたそうです。
「毎日、貧しい人のためにと魚をくださるよりも、どうぞその魚の釣り方を教えてください!」

 いかがでしょうか?とても深い言葉だと思いませんか?もし、あなたがこの言葉の深さに感動し、(むー、もっともなことだ・・・こういうのが本当の愛情だろうなあ・・・)と思われたなら、一度じっくりと「親としてのあなたのあり方」を、客観的に見つめてみましょう。 
 
 今の世の中、子供のために、せっせと「毎日魚を与えている親」がたくさんいます。そして、困ったことに、それこそが子供のために最良、最大の愛情だと信じて疑わない... 
 ここ2、3年、「幼児教育相談」の申し込みをしてくださるご家庭のお子様がどんどんと低年齢化しているのには驚いてしまいます。もちろん、親が子供のことを思い、自分達の力では及ばないと思うことを相談する、この事は、何も悪いことではありませんし、そういうご両親の意識は高く、こだわった子育てに取り組み、子供はお幸せです。 しかし、中には、あまり深い考えなく、「教育はちょっとでも早いうちから!」という安易な他力本願的なご両親がいらっしゃることも確かなのです。
 私は、そういう子育てを「モザイクの子育て」と呼んでいます。他人が良いということは全部取り入れる...Aさんが勧めてくれた「○○教育論」の新刊書に感動し、Bさんが行っている幼児の右脳開発教室に通わせてみることにし、Cさんのお子さんと一緒に健全な体作りのためにオリンピック選手を育てたコーチの子供のための体操教室を見学し、感性を育てるためにアトリエに行かせ... そこに、ご自分達の考えはあまりありません。「どうしてそういうおけいこをするの?」とたずねられた時、理由はひとつ、「○○さんが、とってもいいって教えてくれたんですもの!」これではあまりに悲しすぎます。
 私がいろんなお話をすると、うんうんと頷いて聞いてくださいます。そして、ご相談の終わる事には一種の興奮状態で、顔を紅潮させ、「先生のお話に感激しました。がんばります!」の言葉を残して帰っていかれる... しかし数カ月後、「先生、先生のおっしゃる通りにやってみましたが、うまくいきません。先生のお話は、違っていた気がします....」こういうメールをいただくのです。私は、悲しくなります。
 どうして「咀嚼と消化」をなさらないのか?どうして、すべてをごくんと飲み込んでしまい、ご自分の考えや思いとミックスして、しっかり消化し、実践なさらないのか... あっちこっちの「良いもの」を貼り合わせただけでは、本当に良いものにはならないのです。
 七色のモザイク...一つ一つのピースは美しいけれど、近づいて見ればお隣のピースとは無関係にくっついている... 

 魚を与えることはたやすいことです。魚をもらうほうも楽ですね。
魚を自力で釣ることの重要性を説き、理解させ、その方法を時間をかけて教え込む... うまくいかずにお互い頭をかきむしることもあるでしょう。しかし、そのつど原点にもどって、また一からやり直し。親である自分が会得した方法で、親である自分の生きた言葉で、魚の釣り方を教えるのです。

 そうしなければ、魚が毎日他人の手によって運んで来てもらえなくなった時、その子はどうなるのでしょう?飢えるのですか?そして、親は飢えさせても平気なのですか?親が、様々な「良い」と言われることを「自分なりに消化」し、親自身の「力」として子供に与えてやること、大切なことです。何でもかんでも他人任せにして、美しいピースの集まりである「モザイク」のように子供を育てるのではなく、美しい一つ一つのピースを親が飲み込み、親それぞれのあたらしい形にして、子供という作品を作り上げていかなくてはいけません。
 どうぞたまに、このアフリカのシスターのお話を思い出してみてください。

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