食にこだわる、という事 

 先日、たまたま見た20年以上昔のテレビドラマの再放送で、印象に残る話しがありました。
舞台は昭和初期の大阪「船場」。奉公人あがりの若い女将さんが、ちょっとしたお礼の気持ちを、と、使いの人に「お金」を渡す...というシーンです。これは、お金をもらう側の使いの人が言ったセリフです。

「女将さん、こりゃあ、あきまへん。いくら身分の低い私に対してでも、あまりに失礼だす。お金というものは、どんなに急いでた時でも、裸のままで人に渡すもんやありまへん。そらあ、きれいにコテをあてて皺をのばしたお金も、裸のままのお金も、お金としたら同じもんだす。せやけどな、もろた人にしてみたら、たとえお金としての額が同じやとしても、水引のかかった「のし袋」から出てくるきれいなお金と、裸のままのむき出しのお金とでは、ありがたみが天と地ほど違います。まあ、おおきに!言う気持ちになる... どっちのお金もお金やけれど、きちんとした形で出てきたお金は、裸のお金よりも何倍も価値あるように感じてしまう...そういうことを大事にせな、立派な女将さんにはなれまへんでえ。よー、覚えときなはれや!」

 雰囲気が出るように、なるべく方言はそのままにして書いてみましたが、いかがでしょうか?いかにも商人の町「大阪」が生んだ文化、考え方ではありますが、これは決して商売や仕事の上だけで通用する話しではなく、私は、非常にわかりやすい確かにもっともな話しだなあ、と感動しました。

 時代は移り、何でも「便利であること、簡単であること、簡略化されること」を好む時代になりました。しかし、こういう「人の感情」によって大きく左右されるような物事については、時代がどんなに流れても、大事にして、次の世代に伝えていくべき事ではないか!と痛感しました。
 たとえば、お祝いや贈り物をしても、確かに届いたという連絡もなく、御礼のお電話も御礼状の一枚も来ない...そういうものを期待して人様に贈り物をするわけではないにしても、やはり、こういう相手に対しては「非常識な人」「心の届かぬ人」という印象が残らないでしょうか?

 さて、今回のお話し、テーマは「食べ方と家庭」とでも言っておきましょう。
時代とともに、小さな子供のいる家庭でも、外食の機会が増えるようになりました。我が家でも、子供が小さい頃はよくファミリーレストランを利用しました。二人とも中学生になった今では、すっかりファミリーレストランはご無沙汰ですが、それでも週末などはよく外食をします。

 そんな時、ついつい私は、他のテーブルの家族連れのほうに目が行ってしまいます。
そして、大変驚くこと・・・お箸の持ち方がおかしいご両親、ひじをついて食べているご両親、握り箸をしてお皿やグラスを移動させるご両親、etc. そういうお父様、お母様が何と多いことか!!

 おいしいものをおいしく、家族で楽しく食べているのだから、そんなことをガタガタうるさい!と言われてしまえばそでまでですが、さすがに、ちょっとがっかりしてしまいます。

 人が「食べる」という行為は、決して動物が餌を食べる、という行為と同じではありません。空腹を満たすための食事であれば、どんな食べ方でも良いわけですが、人の場合、食事の内容「料理」やそのいただきかたは「ひとつの文化」だと私は考えています。
 どんなに美しく着飾り、品良く振る舞われていても、お食事をご一緒した時に、とっても変なお箸の持ち方をなさり、ときどき肘をついて、口に食べ物が入ったままで話し、くちゃくちゃと音をさせてものを噛む...こういう方だったとすれば、すっかりがっかりしてしまう、というのは私だけでしょうか?そしてそんな時、大変失礼ながら、(あー、今はきれいになさっているけれど、いったいこの方は、どういう育ち方をなさったのだろうか?)と思ってしまうのです。

 とても平易な言い方ですが、育ち方とは、貧富、男女、都会と地方...こういうものによって左右されるものではなく、結局はその家庭の「生活に対する意識」の問題ではないでしょうか。
 いつだったか、ちょっとした和食のレストランで食事をした時、こぎれいな身なりの、若いお母様方のグループと席がお隣になった事がありました。お話しぶりから、そのレストランのお近くの、私立の幼稚園のお母様方でした。私を含め、お母様方が集まれば「かしましい」のは世の常です。とても和やかなお食事会のようでした。
 ところが、その方達が席を立たれた後のテーブルを見て、私は愕然としたのです。
割り箸は、みなあっちこっちに置かれ、きちんと揃えられて置かれたものは一膳もなく、器の中にはほんの少しずつ残された食べ物が真ん中にデンと残り、お椀のふたは伏せられたものあり、お皿の上にのっかったものまであり...お恥ずかしながら、私も細かい懐石のしきたりには詳しくはありません。しかし、少なくともお作りになった方や、お給仕してくださった方がお膳を片づけてくださる時に、(いったい、これは何なのだろう?この散らかったお膳の上は何だろう?)と思われるような行儀の悪い食事の仕方...きれいに装ったあの方達のお考え、こだわりとは、何だったのだろう...と思わずにはいられませんでした。

 多少、私の考え方は偏ったところがあるのも承知の上で、それでもやはり私は言いたいのです。
食事は文化ですよ。そして、毎日食べない人はいないわけで、「食べ方」は毎日習慣として子供の身についていくものです。もし、これを読んで、少しでも納得していただけるならば、どうぞお子様の食事の仕方、お箸の持ち方、小さい頃からきちんと教えてあげましょう。

 本当は、受験を考えたから、受験準備のカリキュラムの中に、ときどき「お箸でお豆をつかんで別のお皿に移動させる」などというものがあるから練習するものではないはずです。きちんとしたお箸の持ち方が身に付き、日頃からきれいな食事の仕方が出来ているお子さんは、多少時間はかかっても、きちんとお豆もつかめるし、見ていてもきれいな食事の仕方をするものです。

 いかがです?あなたのお子さんは、きれいなお食事の仕方は出来ていますか?そして、ママであるあなたはどうでしょう?

 HOME